北海道勤労者医療協会
北海道勤医協の病院 北海道勤医協の診療所 老人保健施設・看護学校
道民医連が「水俣病検診」実施(1)
道民医連新聞 2010.7

埋もれていた被害者/全員に水俣病の症状

 北海道ではじめての水俣病検診が2010年7月4日、勤医協西区病院で行われ、 8人が受診しました。全員に水俣病 (*1)の症状や所見があり、道内にも水俣病の被害者が救済されずにいる実態が明らかになりました。

 札幌近郊に住む熊本県出身の川上さん(76歳・仮名)は18歳まで不知火海沿岸で育ちました。行商から買ったり、自分でとった魚や貝を、ほぼ毎日のように食べていました。症状を感じたのは15年ほど前。通勤途中に足に力が入らず、車のアクセルを踏む感覚に異常を感じました。以降、痛みやこむらがえり(激痛をともなう脚のけいれん) が頻緊に起きるようになりました。近所の整形外科病院へ通院し、痛みだけは和らぎましたが原因はわからず、「年のせい」と諦めていました。検査や通院の費用は年金生活に重くのしかかっています。
 川上さんは母親を30年ぼど前に水俣病で亡くしました。熊本に住む兄弟も水俣病の「保健手帳」(*2)を受けており、兄からは「こちらに来て、水俣病の検査しなっせ」と勧められていました。
 体力面や旅費の工面などで逡巡していたところ、北海道で検診をするという新聞記事に目が止まりました。妻も熊本出身。こむらがえりや首から背中にかけての痛みがあり、一緒に受診しました。
 生活歴や食生活の聞き取り、医師による知覚や運動機能などの検査・診察で、川上さん夫妻は水俣病と診断されました。
 川上さんは、「病気の原因がはっきりし、妻も水俣病と分かった。検査の機会をいただき、本当にありがたい」と感謝しています。
 札幌市在住の高橋健一さん(53歳・仮名)は、5歳まで水俣市で暮らし、漁師の父親が獲ってきた魚介類を毎日食べていました。「手指の震えなどは感じない。水俣病ではないことを確認して安心したい」と受診。診察の結果、両手足と口のまわりに感覚障害があることがわかりました。「若いころからとても疲れやすく、周囲から『だらしない』と言われて辛い思いをした。水俣病のせいだったのかもしれない」と、表情を曇らせました。
 水俣病と診断された8人は今後、補償を求める訴訟や「保健手帳」の交付申請などをおこなう予定です。

[1][2]>